傾聴と共感は、似ているようでまったく違う
「傾聴=共感」
「共感できれば、ちゃんと聞けている」
そう思われがちですが、
この二つは似て非なるものです。
混同したまま使っていると、
良かれと思った関わりが、
かえって相手を疲れさせてしまうこともあります。
まずは、それぞれが何を指しているのかを、
整理していきましょう。
共感とは「気持ちに寄り添うこと」
共感は感情へのアプローチ
共感とは、
相手の感情に近づき、理解しようとする姿勢です。
「それはつらかったね」
「不安になるのも無理はない」
こうした言葉は、
相手の感情を認め、安心させる力があります。
共感は、
相手の気持ちを和らげるために、とても有効です。
共感には「自分の感情」が入る
共感するとき、
人は無意識に自分の経験や感覚を使います。
「自分も同じように感じたことがある」
「私だったら、こう思う」
このプロセスがあるからこそ、
温度のある言葉が生まれます。
ただしここには、
自分視点が入りやすいという特徴もあります。
傾聴とは「相手の世界に居続けること」
傾聴は理解よりも「尊重」
傾聴は、
相手の話や感情を「わかろう」とすることではありません。
「そう感じている事実」を、
評価せず、修正せず、そのまま置いておくことです。
理解できなくてもいい。
共感できなくてもいい。
それでも、
相手の世界から離れない姿勢が傾聴です。
傾聴には感情移入が必須ではない
傾聴している人は、
相手と同じ感情になる必要はありません。
悲しみに一緒に沈まなくても、
怒りに同調しなくても、
「今、そう感じているんですね」と、
受け止め続けることができます。
この距離感が、
相手にとっては非常に安心感のある状態になります。
共感が強すぎると起こる問題
話の主役がすり替わる
共感を重視しすぎると、
つい自分の体験を重ねてしまいます。
「私も同じことがあって」
「それ、すごくわかる」
悪気はなくても、
話の重心が相手から自分に移動してしまいます。
結果として、
相手は「聞いてもらえた感覚」を失います。
感情を早く終わらせようとしてしまう
共感が強い人ほど、
相手のつらさに耐えられなくなります。
そのため、
「前向きに考えよう」
「きっと大丈夫だよ」
と、感情を収束させる言葉を早く出しがちです。
これは相手にとって、
「まだ話しきれていない」という感覚を残します。
傾聴が機能する理由
相手が自分で整理できる
傾聴されているとき、
人は自分の言葉を聞きながら考えています。
途中で評価や感情移入が入らないことで、
思考が遮られません。
その結果、
「自分は本当はこう思っていたんだ」
「問題はここだったんだ」
と、自分で気づいていきます。
安心して「本音の層」まで話せる
共感だけだと、
無意識に「共感されやすい話」に寄せてしまうことがあります。
一方、傾聴では、
良い話も、矛盾した話も、弱い感情も、そのまま出せます。
そのため、
表面的な話ではなく、
本音に近い部分まで言葉が届きます。
傾聴と共感は「使い分けるもの」
共感が必要な場面
強いショックを受けているとき。
孤独感が強いとき。
まずは感情を受け止めることが必要な場面では、
共感が力になります。
傾聴が必要な場面
考えがまとまっていないとき。
同じ話を繰り返しているとき。
自分で答えを見つける必要がある場面では、
傾聴が有効です。
「共感しなきゃ」と思わなくていい
傾聴において大切なのは、
共感できるかどうかではありません。
相手の話を、
途中で奪わず、評価せず、置いておけるか。
その姿勢こそが、
信頼を生み、関係を深めていきます。
無理に寄り添わなくていい。
無理に分かろうとしなくていい。
ただ、離れずに聞く。
それが、傾聴です。
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